歴史の最近のブログ記事

新潟平野は海の中

今からでは全く想像も出来ないでしょうが、新潟平野は信濃川と阿賀野川の流れ来る

土砂で堆積して出来たんです。

新潟の古書店で20年ほど前、「越後古地図・後水尾天皇」

いう古地図を見つけました。そこには長岡・三条・新潟市の昭和の三大都市がありません。

それらしき場所は海がかいてあるのです。

それより数か月前、上越市に不思議な事を言ってる神主さんがいるよ」と友人が教えてくるたのです。 「越後一宮は上越市だ」というのです。

後水尾天皇とは上杉謙信の頃、1600年ころです。

そのころは新潟市は海底、存在しなかったので、越後一番の信仰は上越市が集めていたのです。

そのご400年で信濃、阿賀野の土砂が堆積して三条・新潟市をつくったのです

その証拠に新潟市は今でも海抜より低いので堤防で囲ってポンプで排水しているのです

鑑真の話

鑑真を知っていない方の為にチョッと書きます。奈良時代のお坊さんで中国人です。日本で<戒律>

を広めたいと念願して渡航をしようと船にのりますが、嵐で3回も難破して中国大陸に押し戻されます

それが今日の話です。

上海の隣りのセッコウ省の杭州という街の会社の人から電話がありました。また結婚紹介のうさんく

さい中国人かと聞いていましたが、日本に留学した事があるという事から大学の話になりました

そして静岡大学に留学したと聞き<駿府>ですねと言うとハイという。

これは<駿府>が分るなんて素晴らしい、日本との古い交流の話で<鑑真>になりました。

わたしが30年まえ「広州」(香港の近く)の鑑真が漂流の結果流れ着いた町に行ったことが

あると言いました。、そこの祭壇の上には「プラスチック」の恐竜が飾ってありました。

文化大革命の後遺症でした。「王義之」の拓本が取れる石碑が庭のころがっていました

そんな話をして尽きないので、こんど花婿を連れて<杭州>に行きたいと言って電話を切りました。

中国は尊敬を集めているか

中国は日本・韓国の漢字を生み出した国で、江戸時代の勉強と言えば「論語」を良く読み、漢文の

出来る生徒が優秀だったのしょう。漢詩なんかを自由に明治に人は作れたのでした。

日本人は元朝以降、中国にたいする憧れを失った、奈良・平安の隋・唐の時代は日本にとって中国

は憧れだった、そしてまだ宗朝の時代の中国に興味があったけど、元朝に2度来襲、元寇があって中

国に興味を失っていった新聞に書いてありました。 たしかに鎖国のあと欧米に関心が移り中国は尊

敬から見下すようになっていきました。コレは列強に阿片戦争に負けたからとおもいます。

そして清朝が遅れていて・腐敗が激しかったのも原因してます。今は商売として興味はあるけど、

国として尊敬を集めているとはいえません。これは今の政府の一重に野望が野望が強すぎる

政策に所以するのでしょう。

中国少先隊

これはナンでしょう、

実は中国の14?6歳の少年が入る中国共産党の下部組織です。きょうのレコード・チャイナに

載っていました。ある地方の幹部少年がブログを開設して、自分が本部の書類を閲覧している

ところや、ゴミ拾いなど社会活動をしている所を載せたところまるで役人だと批判を浴びたそう

です。将来の出世は間違いないがブロガーのやっかみを買ったのかもしれません。

<漢・唐>のような繁栄を!と言っているそうで、中華思想の現れですね

なずけ親になる

国際結婚しているA子さんが突然昨日の日曜日訪ねてきました。

用件は「今度子供が生まれるが、エコー検査で男の子と分っているので名前を考えて欲しい」と

いうものでした。

これは紹介者としては嬉しいニュースなので、喜んだのですが名前は「姓名判断」の

知識がないので、責任が重いと答えました。 そうすると「姓名判断」は信じないので

好きにつけて良いと言うのです。 生まれるのは4月だということで、私の好きな歴史小説から

頂こうかとかんがえました。 まだ時間があるので ゆっくり考えさせてもらう事にしました。

ウィキリークスと米中関係

ウィキリークスの何万点にも上る米国機密文書の公開は様々な余波をもたらしている

創始者のジュリアンアサンジェ氏には強姦の罪でスウェーデン検察から逮捕状が出て

いる。これはインターポールを通じて180カ国に流されているというから

もはやスウェーデンにはいないのであろう。

スウェーデンには地下30メートルの核シェルターにこの秘密文書は保管されている

中国とのやり取りも記されている。

中国が日本を国連の常任理事国に入れさせないようアメリカに申し入れた

事がなまなましく語られている

困った問題

中国ブログを読んでいると、中国では尖閣問題が大きくとり上げられて

ていて 日本国内にいると分からないのです。

在中国の邦人は身の危険を感じて、日本人と分らないよう

声をひそめて喋るようです

それにしても 日本の領土に過剰反応しているうちに、庶民は自国の

領土と誤解してしまいます

 

酒席文化

中国の人は酒を良く飲むのです

酒席で決まる商談も多いのです、 なにかと言うと酒を飲み ストレスを

発散するかのごとく猛烈のタバコを吸います。

この付き合いは必要で、このとき知り合いになった人を良く覚えておいて

後日商談をすればうまく行きます。

ただお互いにメリットが無ければ、付き合いはすぐ終わりになり

自分が実力を備えなければ置いていかれます

国際結婚の歴史

黒龍江省の田舎「方正県」は特殊な町です。

その町はメインの道路が一本通っているだけです。ところが経済の内情は奥深いのです

人口5万のその町は、戦前に満蒙開拓団の本部があって日本人が大勢いたところ

です。 そして25年前日中国交回復で残留孤児がたくさん出てきた町でもあります。

そしてその孤児たちは日本に帰って、結婚する段になってやはり中国語の話せる

「方正県」から嫁をもらったのです。そうして25年の間にわれもわれもと婚姻が進んだ

のです。 こういう25年の歴史があって国際結婚はうまれました

 

ハルピンの歴史

ハルピンは今から150年前は満州族の松花江の魚を取った干場があったところだそうです。

ハルピンは満州族の言葉だそうで、いわゆる中国語ではありません。

札幌と同じような漢字に意味はなく、音に漢字を当てはめたのです。

漢字では哈彌濱と書きます。 そしてロシアが清国との交渉でシベリア鉄道を延長して

大連まで引きました。 旅順要塞を整備すると共にウラジオストク方面に行く路線の分岐点

になり街が整えられていきました。 今でもロシアが作った石畳道路と建物が2キロに亘って

残っています。