2017年1月アーカイブ

新潟の引力に引き寄せられ・・

新潟、いつかこの陰鬱な気候の地を抜け出そうと思っていたが、結局この土地で人生を終えるらしい。
計画を「いろいろ」立てたが、その一番目は学生時代、それは東京、4年間暮らしたが結局、浜松、名古屋、大阪、と廻って新潟に帰ってきた。
二度目は湘南移住計画、江の島の前のマンションに住んだが、結局新潟へ。
よっぽど新潟の引力が強いのだろう、先妻が眠るのも新潟の地だ。
もう七十、これで最後だ、新潟のイプシロンロケットは宇宙には飛び出せなかった。

夜中に目が覚める

今朝は夜中の1時に目が覚めて起きてしまった。
あまりにも早いのでを書いたらまた寝るつもりが忍者服部君のユーチュウブを見てしまった。
御存じ服部半蔵、警視庁の近くに半蔵門がある
地下鉄「半蔵門線」こんな名前が残っている
彼の有名人である、忍者がこんなに名前が知られて良いのだろうか、
忍者は江戸期 サラリーマン化してしまい戦国のように床下に忍び込む事も無くなってしまったに違いない。
服部家も官僚化してしまい、江戸城に屋敷をもらい裕福に暮らしたにちがいない。
徳川250年、時はすべてを流し去り、半蔵門にむかしを「しのぶ」

野鳩が飛んできた

我が家に野鳩が飛んできた
寺鳩と違って、茶色い羽をしている。
何もない庭を餌を漁っている、鳥の世界も食料確保が
難しい。何もない冬 これからどうするのだろう、
そのあといつもノラがやってきた、彼も何処で飯を
食べているのだ
我が家へは「暖」をとりにきている
果物の空き箱には発泡スチロールの断熱材が入っている
きっとそれが暖かいのだ。
彼なりにどこで何をするか知っている。
寒い冬、鳥も猫も必死だ。

1970年頃の事

1970年 大阪万博 まだ妻は生きていた。
すべては忘却のかなたに埋もれていく2017年
妻との会話をおもいだした。
まだ結婚前だった
妻は 万博記念コインを見せてくれた。
それで妻が生きていたのを思い出すのである。
1970年頃。
歴史ヒストリアを見る
47年前のことか
私は万博に行かなかったが、妻はいったらしい。
自分で仕立てたワンピースを着ていた。
その母が縫ったような気もする、それを覚えている
人は一人もこの世には居ない、ユーチューブというのは
いろんなジャンルがあり、突然昔に引き戻してくれる。
今朝は妻をおもいだした。これも私と共にまた過去の砂の中に、

雨が降る

雪が一遍に解けて庭の土が出てきた。
一月27日、もう終わる。
二月が近ずいている
今日は介護施設の風呂の日だ
もうじき迎えにくる
面倒だけど、大きな風呂に足を伸ばして
入るのは気持ちの良いものだ。ついでに
髭も剃ってくれる、これでむかしの自分を
取り戻す。
先ほどTちゃんが昼飯をつくりにきてくれた
これから行ってきます

今日も雪が降る

雪とは音がしない 無音の世界だ  しかし十分後には
景色が変わっている
庭の石灯篭が見えなくなる
雪は恐ろしい、あらゆる物を動けなくする
春になれば溶けるものを、人は汗を流して
除雪しなければならない。
壮大な無駄労働だ
まい年 これが繰り返される。雪国に住むもの
の宿命、これだから人口が減っていくのだ
子供が生まれない、年寄りばかり
やがて山間部は限界集落になる

家の奥まで日差しが入ってくるもう十時だと
いうのに、日が昇らない。
これが冬だろうか
昨日もう日差しが12時ころ
水道が"破裂"した。正確には分岐
配管を目くらにしておいたキャップが
吹き飛んだのだ、勢いよく水が廊下に
拭き出ている。
「どうしよう」
事態のしゅう集の方策が頭を駆け巡る
「そうだ 庭の雪ノ下に止水栓が埋まっている」
丁度来ていた訪問介護のヘルパーがいる
彼女は私と気が合う、彼女に雪を掘ってもらおう」
「彼女」に頼んだ
「いいよ」
気安く 引きうけてくれる
長靴を履いて雪を掘る
まもなく 「あった」
「それを 右にまわして」
噴出していた水は止まった
"ああ 助かった" 
「地獄にほとけ」
とは此のことだ。
優しいヘルパーでよかったな
これが、事務的に自分の仕事だけこなす様なタイプなら、今も水が出っ放しになっていたことだろう

今日は二度も病院に行った

今日は二度に行った
一回目は自分のためだったが、二度目は父の付き添いだ。
やっと家に帰ったと思ったら、父の具合が悪いと介護施設から連絡があり、付き添って欲しいとのことだった。

病院にいくと仕事上の付き合いの行政書士にロビーで偶然に合った、彼は知人が脳出血で入院しているのを見まいにきているのに合ったのだ。
ロビーで缶コーヒーをごちそうになって、再会を約してわかれた。

父は病院に着くと急に元気になり食欲増進剤を処方してもらって帰ってきた
夕方になるとさしもの雪も止み、
薄日が差している、
しかし冬の夕方は暗い
明日への望みを残して、今日も暮れた。

今日も雪が降る

まあ、一月だから仕方がない
あと 春まで一月も待たねばならない、
早春賦が思い出される。
春は名のみの 谷のうぐいす
今日も昨日も雪の空
新潟と同じ気候の  北信濃
百年前の明治期も同じだ
午前中 病院へ行ってきいた
定期検診、まあまあの結果
私もそうだが、老人が多い
その中を飛び跳ねる若い女性看護師
若さっていいな、
私もあんな頃があったんだ、

新潟名物

新潟は土産物がない土地といわれますが「笹団子」がありました。
実は私が子供の頃の昭和二十年代は各家庭が「笹団子」を作っていました。
母が笹とヨモギを買って来ていましたから端午の節句には、市場でそれが売っていたのでしょう。
ヨモギをすりおろして、餅に混ぜていました
だから団子は緑色になるのです。
あずきをゆでて、餅で包みますこの時あずきを盗み喰いするのが子供の楽しみだから今でも粒あんが好き
笹の葉四枚で一個を包み昔の団子は葉っぱにくっついて団子が良く裂けたそれで笹の葉を5ミリくらいに割いて器用に餅を喰った
新潟の子供は片手でやる
でも最近の餅は笹にくっつかない
昔の家庭団子が食べたい
その母も認知症になり病院にいる
昭和を知る人もいない

正月の猫

このところ、雪の原を乗り越えて「野良猫」がやって来る。
餌をやったりしないが、毎日やって来ると期待する。
一月も十五日、昔の習慣もあったが、両親とも病気になって
今は聞く人もいない。
昨日は64歳の結婚相談の人から電話があった。
3年前2度ほどテレビ見合いした、その後他所の相談所に行って
結婚した、
だが上手くいかず離婚した。
そのかれが、何の用事だろう
「また当所で頼みたい」と言うのだろうか
期待して電話したのに
「やあ、お元気かと思って」 気落ちした。
知り合いが離婚した中国女性の写真をもってきた。
優しそうな顔である
一度 面談して見たくなった
そして64歳男性に紹介だ、三年前こちらの忠告を
きかず、性悪女と結婚して半年もたなかった、
こんどは上手くいって欲しいものだ。

一昨日の大雪

今年の根雪になった。
一昨日の大雪の事である
ネットを見ていたら、清澄白河の1億もするマンションの広告が目に留まったまだ東京に良く行ってたころ、雪深いニイガタ駅まで長靴で行って、ロッカーに預け革靴に履き替え東京・門前仲町・清澄白河まで行った
抜けるような青空、新潟では一日も見たことが無い、でも新潟にもハッとする「ような「美人」がいる
彼女は雪などものともせず、長靴の歩を進める
「新潟美人」だ
ざまみろ、東京より勝っているところもあるのだ。
でも晴れた空の下 「月島」まで足を延ばして「もんじゃ」を食べに行きたいもんだ。

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